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2007年12月の2件の記事

2007/12/29

レッド・プリーストのコンサートを聴いて

2007/12/3津田ホールで楽しみにしていたパイレーツ・オヴ・ザ・バロックを聴いた。彼らの日本公演がすべて終わったころに書き溜めていた記事を載せようとしてコンサートからだいぶ時間がたってしまった。
コンサート前にチェロ奏者のアンジェラ・イーストをロビーで見掛けた。ラフな私服姿を発見。何やら女性の係員と話をした後,楽器ケースに入ったチェロを抱えてエレベータに消えていった。

J.S.バッハ(1685-1750): プレリュード ホ長調(無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番 BWV1006より)
レッド・プリーストならではの出だし。ヴァイオリンと絡みながらのリコーダーとしては難しいはずの分散和音のパッセージをピアーズ・アダムスはものの見事に吹き切った。リコーダーはやや弦楽器とチェンバロの音に埋もれてしまった感があり。実はリコーダーはソロパートの位置づけではなく,弦楽合奏の伴奏のような位置づけのアレンジだったのではないかと勝手に想像した。この曲はブリュッヘンアレンジの曲集で昔から馴染みがあるものの,私のレベルではどうしても途中でつまずいてしまう難曲のひとつである。プログラムの最初にこれを入れてくるのがレッド・プリースト流なのであろう。

タルティーニ(1692-1770):海の音を聴け
リコーダーを横に持ってサムホールに息を吹き込むとあら不思議。波の音に聴こえる。そしてジュリア・ビショップの奏でるヴァイオリンの音がまるで波の上を飛んでいるカモメの鳴き声のようだ。しっとりとしたアンサンブルが海の音を再現しており、頭のスクリーンに鉛色の空ともの悲しい鳴き声のカモメが飛んでいる荒涼な海の風景が浮かんできた。タルティーニはこのような風景画をみてこの曲を作ったのではないか。

ヴィヴァルディ(1676-1741):コンチェルト ト長調 「海の嵐」 RV433
プログラム最後はヴィヴァルディ。調が普通へ長調と思うのだがト長調とはね。とても速いテンポであの荒波を表現した音階とトレモロをテキトーに滑らせるような出だしは意表をつく。
第1楽章はPrestoくらいのテンポであったので,中間部の16分音符の3連符のパッセージをいったいどうやって吹くのかと思ったが,そのままのテンポで吹いてしまう超技巧には度肝を抜いた。
この曲にはレッド・プリースト流の解釈を期待していたと以前書いたが,レッド・プリーストの想定内の出来事で終わってしまった感があると思った。巧妙な演出を見抜くまでは。それは1楽章の出だしのテンポが速く途中ちょっと遅くなってはだんだん速くなっていく曲の周期的なテンポ変動を感じ取れる。これって嵐の中の海原を4人が乗った船が荒波に揺られている様を演出しているのでは?2楽章は荒波を逃れて接岸しほっと一息している様を,3楽章は嵐が去った後の海原にまた出航する様を連想する。英語力ゼロの私には断定できないが、3楽章の途中の掛け声"Ship about!"がその理由。自由な解釈が許されるならばそのようなことではないか。
3楽章が終わった直後に海賊ルックに身を包んだチェンバロ奏者のハワード・ビーチがカッコよく前に出てきて"Ha! I got sea sickness!"と最後にオチが。編曲もなかなかだがこんな想定外の演出に気づいてしまった私はますます彼らの虜になった。

アンコール
ヴィヴァルディの四季が聴きたい願望が通じたか他のプログラムで演奏される「冬」の第二楽章とほか1曲(初来日のときにもアンコールで聴いた曲)。

今回はサイン会も何もなくそのまま散会した。
レッド・プリーストの彼らは普段どんだけ心身を鍛えているんだろう。ピアーズ・アダムスは演奏の合間にステージに置いたペットボトルの水をずいぶん飲んでいたように思う。
まぁあれだけのパフォーマンスを見せて吹き切るんだから無理もないねぇ。彼らの普段のトレーニングを見てみたいね。
ほかの曲も感想を書くつもりだったが今回はここまで。次回の日本公演がいつかは定かでない。Red PriestのWebサイトに2008年も2009年も日本公演のスケジュールは入っていないのは悲しい。

2007/12/12

ヴァルター・ファンハウヴェ リコーダーリサイタルを聴いて

リコーダーリサイタルから3ヶ月近くたってしまったが,そのときの興奮は記憶の奥に留まっているとでも言おうか。彼の演奏を一度聴いてみたいと願っていたのでそれが実現できてうれしい。
ルネッサンス初期から現代音楽の幅広いレパートリー曲をまとめて聴かせてくれる魅力的なプログラムであった。アンコールは2曲。プログラムの最後のヘンリー・パーセルのアルトリコーダー3本のシャコンヌとエイクの笛の楽園から1曲。会場が極小ホールというのがいい。音の響きがいい。演奏者と聴衆が2mほどしか離れていないので顔や首の筋肉の動き,息づかい,フィンガリングが思う存分チェックできた。この密着感が程よい。リコーダーはダイナミクスがつけ難いなんて彼にしてみれば関係なかった。現代フルートかと思わんばかりの迫力で聴衆に訴えかけてきた。
私が心に残ったのはアンコールで演奏してくれた笛の楽園の1曲(あとで楽譜を調べたら曲名が見つかった。なにしろ笛の楽園を生演奏で聴いたことがなかった)。ソプラノ1本で会場全体が出だしからこれ以上は出ないのではないかと思われる音量で吹き始めた。この曲は当時の屋外で演奏されたことを再現したのだろうか。さすがに今までそんなことは考えたこともなかったので非常に勉強になった。まぁ,あの飾り気のない(楽器の知識がないのでオランダ製かどうかわからないが),小さなソプラノリコーダーからあれだけの音量が出せるものだと感心した。
チェンバロや他のリコーダー奏者2人も技術的に高いがかなり抑え気味に(目立たないように),彼の引き立て役に徹していたように思う。
話は変わるが季刊リコーダーの若かりしころの彼の記事が載っていて,その中にリコーダー教育論も述べられていたりして,興味深い。やはりこれまで実践されてきたことは正しいことをこのリサイタルで証明してくれた。
ちょっとうれしかったのは,幕間に彼のすぐ背後にいっしょに並ぶことができたことだ。失礼ながら若い頃の写真しか見たことがなかったのであれからうん十年たった今とのギャップを感じる。身長は私よりちょっと低かった。あ,いえ若々しい初老のメガネをかけたお洒落なやさしいおじさんにみえました。

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